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2016 - 2017 学期中の過ごし方 Cの場合 [受講ガイド(2016 - 2017)]

客員研究員のCです。

初めに申し上げておくと、私は、学生ではなく、「客員研究員」(visiting scholar)という立場であったため、聴講可能な科目数も各学期2つずつに制限されていました。そのため、私の学期中のスケジュールをここで書いてもあまり皆様のお役には立たないと思いますが、聴講した授業の情報を提供することで、受講科目選択の際のご参考になれば幸いです。


1.秋学期

  a) Mediation

 アメリカのADRの1つであるメディエーション(「調停」あるいは「あっせん」と邦訳されることが多いです。)に関する少人数制授業。担当教授はベテランのメディエーター(調停人)で、ご自身の経験に基づくお話も色々聞くことができました。

 授業では、まず他の手続(訴訟や仲裁等)との比較や、メディエーターを5段階に分けて各段階での到達目標を踏まえたうえで、学生を3人1組のグループに分けて模擬メディエーションを行います。学生は事前に配布される事例(両代理人役の学生には、各当事者のみが知っている情報も追加で配布されます)を読み込み、戦略を練った上でロールプレイに臨みます。実際の事件と異なり、交渉を打ち切るという選択肢はないものの、実際の手続を疑似的に体験できるというのは大変面白いです。

 アメリカでは、訴訟の場合の時間的・金銭的コストや、陪審による評決結果の予測が難しいことを踏まえ、メディエーションが紛争解決手続として選択されることが多く、しかも大半の事案で合意による解決に至っているようです。日本の民事調停手続とは異なり、裁判所による手続ではないこと、メディエーターの役割は結論の見通しを示して当事者を説得するというものではなく当事者間の交渉を円滑にすることとされています。ただ、公平中立な第三者を立てて交渉することができるというのが、当事者にとってメディエーションを選択するインセンティブとなっているようです。


  b) Bioethics and the Law

 生命倫理と法に関する授業で、脳死、臓器移植、人工妊娠中絶、クローンなどのトピックについて、事前に配布される論文や判例をベースに議論します(以前はケースブックが指定されていたようです。)。日本のロースクールでも同様の授業が開講されていることは少なくないですが、日本ではあまり議論されていないトピックについても触れられたり、あるいは日本でも馴染みのあるトピックについても異なる視点からの議論に触れられたりして、非常に興味深いです。アメリカの最新の規則や判例(本年度はテキサス州の人工妊娠中絶を規制する法律を違憲とした判例も扱いました。)も取り上げられます。もちろん、予習教材の論文等には難解な医学用語も含まれており、予習はかなり大変ですが…。

 受講しての感想としては、アメリカでは日本に比べて個人の自己決定権という点がより強調されているような気がしました(人工妊娠中絶の問題は特にそうだと思います。)。また、宗教観の違い(アメリカ人の多数派キリスト教徒)も大きく影響しているような気がします。

 なお、本年度は、最後の4回は学生グループによるプレゼンで、教授が提示した複数のテーマから各グループが1つ選択してプレゼンを行うというものでした。


2.春学期

  a) Evidence

 司法試験科目でもある証拠法に関する授業で、連邦証拠規則とそれに関する判例を学びます(指定されているケースブックは、ハーバードやNYUでも使用されているようです。)。秋学期と春学期にそれぞれ開講されており、通常は人気教授のTracey George教授とEdward Cheng教授が交代で担当されるのですが、今年度は両学期ともCheng教授が担当されていました。Cheng教授は何度もBest Teacher Awardを受賞しているとだけあって、100人を超える学生が受講していました。

 契約法の授業が井戸水供給契約の事例から始まるのに対し、この授業は、次のようなケースから始まります。民事事件の原告訴訟代理人弁護人が、陪審による評決が言い渡された直後、陪審員の1人から「他の陪審員は休憩中に酒を飲んでいる。しかも、その内数名はマリファナを吸っている」との趣旨のタレこみを受け、裁判官にトライアルのやり直しとその前提として陪審員の証人尋問を請求したものの、裁判官は陪審員の証人義務免除を定めた連邦証拠規則606条を根拠に上記証人尋問請求及び再トライアルの請求を却下した。しかし、その一方で、刑事事件の被告人がヒスパニック系で、その弁護人が陪審員の1人から「他の陪審員が、ヒスパニック系の人間は犯罪傾向が強いなどと人種差別の発言をしていた」とのタレこみを受けたケースでは、裁判官は被告人による陪審員の証人尋問請求を認めた。この2つのケースによりケースブックの著者が示したかったのは、陪審による評議の過程が完全に秘密とされており、評決も結論のみを示せばよいことから、トライアルで陪審員に示す(=陪審による事実認定の基礎となる)証拠をできる限り厳選し、偏見を抱かせたり誤った事実認定を導いたりしかねない証拠は事前に排除するというのが、証拠法の根幹にある考え方であるということです。アメリカでは、日本とは異なり、民事事件でも陪審によるトライアルが原則として行われますし、刑事事件においても陪審のみが事実認定を行うため、伝聞法則のみならず、関連性や性格証拠の規制が民事・刑事を問わず厳格に適用されます。ちなみに、後者の判例については、授業当時は控訴審判決しか出ていなかったのですが、その数か月後に連邦最高裁で、人種差別発言の場合は証人義務免除の例外に当たるとした判決が出され、大きな話題となっていました。

 さて、授業は、ケースブックに沿って進められ、教授が学生を指名して答えさせる形式で行われます。またケースブックの判例や設問だけではなく、実際の訴訟や映画における証人尋問の映像を基に、学生に双方当事者の主張を答えさせることもしばしばあります(もっとも、この手の質問は、原則としてJ.D.の学生が指名されます。)。ほかにも、隔週最初の授業日の冒頭に、前週で扱った範囲に関する択一式の復習テスト(アプリを使用した無記名式の回答で成績とは無関係)が行われるため、理解の定着や司法試験対策にも役に立ちますし、たまにですが学生参加型の授業もあります(マリファナの産地を充てられるという専門家(?)証言の証拠能力が争われた事件を扱った際には、教授が学生に4個の異なるチョコレート(当然ですがお菓子の方です。念のため)を配って味見させたのち、もう1個チョコレートを配って、これが最初の4つのうちのどれか当てさせるということがありました。)。授業に様々な工夫が凝らされていて、さすがBest Teacher Awardを何度も受賞されているだけあるなと思いました。


  b) Law and Neuroscience

 日本ではあまり研究の進んでいない、脳神経科学と法学・法律実務が交錯する問題点に関する授業で、生物学の博士号も持つロースクールの教授と心理学の教授による共同担当で行われます(心理学専攻の学生も数名受講していました。)。具体的には、脳の基本構造や脳のモニタリング技術等の基礎から始まり、fMRI等の新規技術を用いた虚偽探査試験、記憶のメカニズム、判断を行う際の脳のプロセスや感情が判断に与える影響とそのメカニズムといった裁判実務とも大きく関わるトピックや、さらには近年法律実務においても話題となっている人工知能(AI)の問題が扱われました。

 その中でも、非常に面白かったのが、いわゆるスマートドラッグの問題。昨今、アメリカの大学生の間では、日本では覚せい剤に指定されているアンフェタミン等を主成分とするスマートドラッグが流通しており(アメリカでは医師の処方箋があればADHDの治療薬として入手可能)、それを試験前に服用して記憶力を活性化させて試験勉強を行う学生が多いことが問題となっており(中毒に陥る学生も少なくない)、大学によってはHonor Codeで規制しているとのことですが、規制に反対する学生も少なくないとのこと。授業では、規制の要否や規制の方法について、カフェインの摂取やアスリートによるドーピングの問題と比較しながら、熱い議論が繰り広げられていました。アメリカならではのトピックで、飲酒・酒類販売には厳しい(公共の場での飲酒は犯罪で、テネシー州では日曜日におけるワインの販売は禁止)が薬物には相対的に緩やかなアメリカ、飲酒や酒類販売には比較的寛容だが薬物の規制は厳しい日本という構造が明らかになり非常に興味深かったのですが、日本で同様の事態が生じないことを願うばかりです。




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