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J.D.攻略法その9 死ぬほどつらい2L-春学期-飛躍の章 [J.D.攻略法]

 2Lの春学期には、7科目17単位という入学以来最最多の単位数を取得するという忙しさに追われるとともに、ジャーナルでは大きなイベントが目白押しでした。

(1) ジャーナル編集役員選挙

 春学期のジャーナル活動の目玉の一つは、来年度のBoard Member (編集役員)の選挙でした。我がVanderbilt Journal of Transnational Lawでは、3Lメンバーのうち、10名が編集役員として運営の中心的役割を果たします。Boardは、編集長である Editor in Chief を筆頭に、Executive Managing Editor (副編集長)、論文採用の責任者である Executive Research Editor、2Lの論文作成を指導する Executive Student Writing Editor、ブルーブッキングの責任者で2Lを指導監督する3人の Executive Authorities Editors、広報責任者の Executive Development Editor、営業責任者の Executive Administrative Editor で構成されています。編集役員以外の3Lは、2・3名ずつそれぞれの部門にわかれ、役員の下で働くことになります。

 編集役員の明らかな特権(?)は、ジャーナルに関する単位を1単位多くもらえるだけです。その一方で、編集役員になることによる物理的・精神的な負担の多さはとても1単位で報われるようなものではありません。しかし、選ばれてジャーナルのメンバーとなり、この一年間地道なブルーブッキングに精進してきた2Lにとって、役員になって実質的なジャーナルの運営を行うことは大きな目標となっています。また、ジャーナルメンバーの中でも選りすぐりのメンバーであるという、一生レジュメに残る名誉を手にすることができるのです。もっとも、ブルーブッキングですっかりジャーナルが嫌になってしまい、3Lではもう深くジャーナルにかかわりたくないというメンバーも、少数ではありますが存在します。

 現編集長のG君によれば、「君たち2Lはアサインメントのたびに数十時間を費やすことに疲れているかもしれないが、僕は編集長として毎週それくらいの時間を使っている。授業は月曜日から水曜日に集中させ、木曜日から日曜の四日間は全てジャーナルのためフルタイムで働いている。編集役員になることは大きな名誉であり、得るものも大きいが、それくらいの覚悟がなければ、編集役員には立候補しないほうが良い」とのことでした。G君はまだ大学を出て数年しか経っておらず、私よりはるかに年下のはずですが、一つ一つ言葉を選びながら明確に論理的に話すその姿は、ジャーナルおよび学校の代表であるという自信と貫禄に満ち溢れています。

 編集役員の選挙といっても、単純な投票ではありません。選挙期間は約二週間で、オリエンテーション・ビールを片手のカジュアルミーティング・様々な書類の提出・現役員陣とのインタビューなどが行われ、最終的な決定権は現役員陣が持っています。提出する書類の中には、レジュメや過去の論文だけでなく、以下のような特徴的な3つが含まれています。(1)希望順位:編集長から各部門のヒラまで、1から13まで自分の希望順を記入します。その後全員の希望が集計され、一覧表として各人に配られるので、だれが何を希望しているか一目瞭然になります。(2)Board Tree:ジャーナルの組織図の名前の部分が空欄になっており、自分にとって理想のメンバーの名前をそれぞれ記入します。単に役員を選ぶだけでなく、希望順位などを参考に現2Lのメンバー34名全てをうまく配置しなければなりません。ちょっとした人事部の気分です。(3)コメントシート:34名全てについて、長所・短所など記入します。つまり、普段のアサインメントの評価に加え、3Lを含む周囲の評価、人柄など、全てが総合的に評価されるのです。

 私はジャーナルの仕事が大好きで、是非役員としてジャーナルの根幹にかかわりたいと思っていました。その一方で、果たしてNon-Nativeである自分が、学校を代表するジャーナルの運営という重責を担えるのか、そして全員Nativeであろう来年の2Lを指導していけるのか、大きな不安がありました。しかし、普段のアサインメントには常に良い評価が返ってきていましたし、編集長のG君や他の役員からも励まされ、とりあえず希望だけはしてみようと思いました。

 結局、ジャーナル全般に広くかかわることの出来る副編集長を第一希望、自分に最も向いているであろうブルーブッキングの責任者であるExecutive-Authorities-Editorを第二希望として提出しました。後日配られた全員の希望一覧を見ると、やはりやる気のあるメンバーは総じて役員を希望しており、苦戦が予想されました。その一週間後に、現役員達との面接がありました。予めカレンダーにアポイントメントを記入するのですが、「10分間、20分間、もしくは30分間、自分の希望する役職に応じてインタビュー時間を選べ」とあり、この辺りの自主性もなんともアメリカ的です。私は当然のごとく30分間を選んだのですが、果たして役員全員の前で30分間も話すことがあるか不安でした。面接は友好的な雰囲気であったものの、Non-nativeにどれだけ任せてよいものか役員の間でも考えあぐねている印象がありました。

 翌週すぐに編集長のG君から全員宛のメールが送られてきました。大変格調高い文章で、「もうすぐ役員が発表される。希望者は全員高い能力があったが、全員を役員にすることは出来ない。役員になってもならなくても、全員がこのジャーナルに計り知れない貢献をしていることを忘れないでほしい。」という内容でした。数十分後にPDFファイルが送られてきて、なかなか起動しないファイルにやきもきしながら待ちました。役員メンバーのほぼ中心に、Executive-Authorities-Editorとしての自分の名前を見つけたときには、今までジャーナルに費やした時間と努力だけでなく、ロースクールに来ることを決意してからの全ての苦労が報われたような気分でした。一方で、役員を強く希望していたメンバーがかなり落選しており、「あれは単なる仲良しクラブさ」などという陰口もちらほらと聞こえてきました。しかし、役員に選ばれた10人の顔ぶれを見ると、派手でいかにも目立つ切れ者というよりも、目立たないが丁寧にこつこつ仕事をこなす優等生タイプが多く、現役員陣もさすが良く見ているなという感想を持ちました。

編集役員集合

(2) 論文執筆
 
 ジャーナルでのもう一つの大きなイベントは、2L全員の義務である論文の執筆でした。私のテーマは、「日米紛争における、日本の非弁護士法務部員の守秘特権、ロースクールの出現でどう変わるか」です。米国の企業では通常弁護士を法務部員として雇用しており、企業と法務部員の間のコミュニケーションは、弁護士の守秘特権として一般的にその機密が守られます。しかし、法律の異なる日本、特にほとんどが弁護士資格を持たない日本の法務部員に対して、その特権が適用されるのかどうかは明確ではありません。こうした問題を、近年の日本のロースクールの動向を踏まえて展望したものです。実はロースクールに来る前から、法務担当者として常々疑問に思っていたテーマであり、いつか論文にできればと思っていました。

 この論文に対しては1単位が与えられるだけですが、34名中15名の論文が選ばれ、来年度のジャーナルに掲載されることになっています。最初のうちは、既存の似たテーマを扱った論文や本・判例などをとにかく集めてきて、問題の所在や主要論点などの骨子を組み立てていきます。しかし単なる既存文献の引用では論文としての価値が出ませんから、最終版が近づくにつれて、どうオリジナリティを出していくかが重要な問題となってきます。最終版の提出は、幸か不幸か一週間の春休みの直後であり、結局休みは全て論文でつぶれてしまいました。しかし、大学の卒業論文でお茶を濁してしまった自分にとって、この論文は初の大作であるとともに、論文のコピーや本に埋もれながら一つの作品を仕上げるというのは非常に良い経験になりました。

 掲載の確率は50%近くあったものの、日ごろのアサインメントとは違って、一つの作品としての論文がどれだけ評価されるかは未知数でした。提出して数週間後、例によってメールで結果が送られ、アルファベットYで始まる私の名前はリストの最後にちゃんと載っていました。(米国人にとっての)テーマの珍しさと、実務経験に基づいた記述が評価されたとのことでした。

(3) アワード

 ジャーナルのアサインメントやイベントも4月に入るとほぼ終わり、最後のイベントとしてイタリアンレストランを貸し切っての納会が行われました。ナッシュビルにしては珍しくいけるイタリアンのコースのあと、各賞の授賞式が行われました。そのほとんどが卒業していく3L向けであり、2Lについては一名のみ、2L Editor AwardというMVPのような賞が与えられます。

 普段のアサインメントについては人一倍時間をかけていた自負はあったものの、実際に「This year's award is given to M!」というアナウンスを聞いたときはこのうえない喜びでした。「おー、さすが」という賞賛の声と、「えっ、あいつあんな出来る奴だったの」という空気の入り混じった受賞でした。実はこんなこともあろうかと、スピーチをひそかに用意していたのですが、残念ながらその機会はなく、あっさりと表彰状(レターサイズのただの紙)を渡されました。アメリカ人にとっては相当珍しいであろう私の名前が誤記されていたのはご愛嬌です。

 後日、写真のような立派な盾が届きました。賞の正式名称をVanderbilt Journal of Transnational Law Second Year Editor Awardと言い、Awarded to the Second Year Staff Member Who Has Made the Most Significant Contribution to the Advancement of the Journal During the School Year(ジャーナルの進展に最も重要な貢献をした2年生に送られる)とあります。賞と名の付くものをもらったのは、はるか昔の皆勤賞以来かもしれません。今度は名前も正しく彫られていました。

(4) 短期集中講座と24時間持ち帰り試験
 
 バンダービルトでは、学期を通じて授業を行う通常授業に加え、いくつかの短期集中講座を用意しています。一週間程度、平日の夜や土日を使って授業が行われ、1単位を取得できます。短期集中のため、判事・弁護士などの実務家を講師として招聘し、通常授業よりも専門性の高い講義がそろっていることが特徴です。私は今学期初めてこの短期講座を履修し、Corporate Governance(会社統治)、International Trade Law(国際貿易法)、International Business Transaction(国際ビジネス取引)の3科目を学びました。

 中でも最も興味深かったのはCorporate Governanceでした。講師は現役バリバリのデラウェア州裁判所のホランド判事です。会社法といえばデラウェア州というほど、デラウェア州の会社法は整備されています。たとえば、近年日本でも、ホリエモン現象を受けて敵対的買収防止策などを導入する動きがありますが、その多くはデラウェア会社法が元祖です。テキストはデラウェア州の会社統治に対する主要な判例(近年ではディズニーのCEOの退職金が莫大だとして起こされた株主訴訟など)を網羅しているのですが、実はその3分の1ほどはホランド判事自身によるものです。自分のことを、「この裁判官の言うところによると、、、」などといいながら、判例を書いた判事自身が内容を説明してくださるという、貴重な体験をすることができました。
 
 短期集中講座は期中に行われ、各人授業のスケジュールが異なるため、一斉に集まって試験を行うことが出来ません。そのため、平日の日中に試験を受領し、その24時間後に提出するという特殊な形式がとられています。24時間というと相当な時間のように感じられますが、土日に試験を受けることは出来ませんし、平日は通常の授業やジャーナルの仕事との掛け持ちになってしまいます。それでも時間をかければ掛けるほど良い答案が書ける(はず)なので、通常の教室で限られた時間に受ける試験に比べれば、(特に言葉のハンディがあるものにとっては)やりやすいといえます。

 実際の問題は非常に基本的な事項を尋ねる論述形式で、字数制限もありました。ですから、みなが書くような論点をしっかりと抑えつつ、いかにわかりやすい組織立った解答が書けるかがポイントです。この形式は非常に私にあっていたようで、後日成績が発表されたときには、ロースクールに入って初めてのVanderbilt Scholastic Excellence Award (成績最優秀賞) を受賞することが出来ました。通常の試験とは異なるとは言え、受講をしていた100人を超すネイティブを抑えて賞を取ることが出来たのは、この上ない喜びでした。

 以前の記事で、1Lのころには、私を無視したり冷たい態度を取る学生も少なからずいたということをお話しました。しかし、2Lを終えようとしていたこのとき、私に対してそうした態度をとる学生はいなくなりました。また、1Lのころは語学の壁から来る劣等感・疎外感に悩まされていたこともお話ししました。語学の壁はいまだに高くそびえ立っていましたが、ジャーナルという自分の居場所を見つけられたことによって、そうした悩みは小さなものとなりました。死ぬほど怖いといわれる1L、死ぬほどつらいといわれる2Lを生き残り、あとは死ぬほどだるいといわれる3Lです。しかし私にとってはだるいというよりも、初めてロースクール生活を心の底から楽しめるような3Lになるのですが、それはまた次回のお話で。。。


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